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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)4885号 判決

原告

岩崎株式会社

外二名

右代表者代表取締役

岩崎清孝

右三名訴訟代理人弁護士

関戸一考

乕田喜代隆

梅田章二

木下和茂

竹下育男

石那田隆之

篠原俊一

被告

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

山崎敬二

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告岩崎株式会社に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告山本満利に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告大塚良博に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成九年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成七年当時施行されていた貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)による登録貸金業者に対する規制、監督権限等を有する被告が、右貸金業者が顧客に貸付を行うに際し経営資金を捻出するため情を知らない顧客から当該貸付に具体的に関連しない余分な手形を預かり他所で割り引くなどの違法行為をしていたのを認識しながら、業務停止処分、違法行為停止の行政指導等を講じなかったことが権限不行使の違法を構成するとして、顧客が被告に対し国家賠償法に基づく損害賠償をする事案である。

一  基礎となる事実(証拠の掲記のない事実は争いながい)

1  原告は岩崎株式会社(以下「原告岩崎」という)はスーパーマーケットを業とする株式会社で、原告山本満利(以下「原告山本」という)は造園業を、原告大塚良博(以下「原告大塚」という)は機械部品の製造業をそれぞれ営む者である。[甲第一、第三及び第六号証]

被告は、構成機関として大蔵省を設置し、大蔵省の銀行局においては貸金業を営む者の登録、監督事務を(大蔵省組織令一〇条一三号)、検査部においては貸金業者に対する立入検査に関する事務を司り(同令四条二項、三項二号のホ)、大蔵大臣は大蔵省の長である。財務局長は貸金業規制法四五条及び同法施行令四条に基づいて銀行等に関する大蔵大臣の権限の一部の委任を受け、このうち近畿財務局は、大阪府、京都府、奈良県、和歌山県、兵庫県、滋賀県を管轄し、株式会社ニシキファイナンス(以下「ニシキ」という)から貸金業規制法四条一項の登録申請を受け、同社を貸金業者登録簿に登録した監督官庁である。

2  ニシキ(代表者泉秀男。以下、同人を「泉社長」という)は、資本金を二億円、平成七年当時の社員二百数十名、営業拠点として本社ほか二一支店、関連会社六社を擁する資金の貸付及び手形の割引に関する業務を目的とする株式会社であるが、遅くとも平成四年頃から決算に架空売上げを計上し、平成四年三月期から平成七年三月期だけでも九〇億円程度の累積損失を生じていたのに、あたかも優良企業であるかのように財務状態を粉飾して営業を継続していた。そして、平成三年頃から、手形割引及び手形貸付に際し(貸付)予約手形と称し、顧客から当該貸付に関する割引手形、貸付手形の支払期日を起算日とする手形、さらに、その手形の支払期日を起算日とする手形というように予約手形と称する数枚の手形を預かり、各支払期日直前に予約手形を他で割り引いて得た決済資金(顧客の準備する利息相当額を控除する)を顧客の口座に振込み送金し、事実上いわゆる手形のジャンプに応じて資金を融通し、やがて、経営資金が逼迫してくるや、右のような取扱を離れて予約手形を顧客に無断で金融機関で割引し、その資金を会社の運転資金として利用するようになっていた。[甲第三六、第三七号証]

3  原告岩崎は平成七年六月二二日(以下、特に記載のない限り、同年を指す。)、原告山本は五月一六日、原告大塚は六月一二日、それぞれ、ニシキに対し、右の予約手形のシステムの一環として、別紙手形一覧表各記載の手形を交付した。[甲第一、第三、第六号証]

4  一方、近畿財務局は、三月三〇日、ニシキの顧客である大久保雅量からの苦情申立をきっかけに、ニシキが顧客から数枚の先日付手形を同時に預かり、その預かった手形を貸付実行前に割引に供して無断換金等を行っているとの事実確認等をするために、四月七日、一七日、二六日、五月九日、一六日とニシキからの事情聴取等を経、六月一日には大阪地方検察庁にニシキが預かり手形を無断換金している疑いがあることを通報した。

5  この間、ニシキが近畿財務局へ提出した資料によれば、三月末日以降の手形預かり及び持出状況は以下のとおりである。

(預かり手形残高)

件数(件) 枚数(枚)  額面(円)

三月末 二〇四二  一万三二二〇  約二四二億

五月末 一九三七  一万三八四四  約二六四億

六月末 一九七三  一万四一六九  約二六五億

(預かり手形持出残高)

件数(件)  枚数(枚)  額面(円)

三月末 一万〇六〇二  一万三〇三七  約二三四億

五月末 一万〇九二七  一万三六五七  約二五〇億

六月末 一万一〇六一  一万三七二九  約二五四億

6  ニシキは、平成元年より大阪信用組合から融資を受け、平成七年三月期には関連会社を通じた迂回融資を含めて、融資残高が八〇億円弱にまでふくらんでいた。そして、四月二五日に五億円、七月二八日に一億五〇〇〇万円の緊急融資を受けたが、同月三一日に同信用組合から予定した融資を受けられずに第一回の不渡を出して事実上倒産し、八月二日自己破産の申立をし、同月一六日破産宣告を受けた。この当時における貸借対照表上の資産は合計六四八億円、負債は合計六三八億円(借入金約二八二億円、再割引手形約九〇億円、前受金約二五六億円)となっていたが、実際の清算価値からすれば資産は五億円弱という有様であった。[甲第三六号証]

二  争点

被告の規制権限、すなわち、ニシキに対する業務停止命令、報告徴収権限等、行政指導(割引先金融機関を含む)の権限行使に関する作為義務の存否。

三  当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 原告岩崎は、ニシキの従業員の「二〇〇万円の融資割引をしてあげますから、ボーナスなどの支払いに回してください。そして二〇〇万円の手形を二枚切ってください。二枚出すと次の融資の予約ができます。岩崎さんの方で金利七万八〇〇〇円を振り込み、うちの会社が残額一九二万二〇〇〇円を振り込み決済するやり方です。」などと説明し、これを信じて、六月二二日別紙手形一覧表の各手形を交付した。

原告山本は、ニシキの従業員から、「秋口には、お金が入り用でしょうから、今のうち手形を預けて、融資の枠を取っておいてください。手形の受取人と振出日欄は白字にしておいてください。」と説明を受けてこれを信じ、五月一六日、書留速達郵便により別紙手形一覧表記載の各手形をニシキに交付した。

原告大塚は、ニシキの従業員から、予約手形という、手形を預けると将来その額面に相当する金員の融資を受けることができるというシステムであると説明を受け、六月一二日、別紙手形一覧表記載の手形をニシキに交付した。

しかし、ニシキは、手形を裏書譲渡して換金する目的で手形を交付させたものであり、その後、原告らに無断で、かかる手形を別紙手形回り先一覧表各記載のとおりの所持人に流通させた。

(二) 行政庁の監督、規制権限は原則として行政庁の自由裁量に属するが、①国民の生命、身体、健康、財産に具体的危険が切迫し、②その予見が可能であり、③規制権限が行使されれば結果発生を回避でき、④規制権限の行使がなければ結果回避ができない、⑤国民が規制権限の行使を期待しているなどの事情がある場合は、行政庁の権限不行使が著しく合理性を欠く場合として、権限行使が義務化するというべきである。本件では、殊に、貸金業規制法一条が規定する「この法律は、貸金業を営む者について登録制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うとともに、貸金業者の組織する団体の適正な活動を促進することにより、その業務の適正な運営を確保し、もって資金需要者等の利益の保護を図る」ことを目的とするとの立法趣旨にかんがみれば、権限監督庁である近畿財務局長(以下処分庁としてのそれを「近畿財務局」という。)には、健全な社会経済発展のため積極的に規制権限を行使し、社会秩序をはかることが期待されていたのであり、以下の監督、規制権限を行使し、あるいは行政指導できたし、かつ、すべきであったのにしなかった。

(1) 業務停止処分(貸金業規制法三六条一項)

貸金業規制法三六条一項は「貸金業者が次の各号の一に該当する場合においては、当該貸金業者に対し、一年以内の期間を定めて、その業務の全部又は一部の停止を命ずることができる」と規定し、同項一号は「同法一七条[貸付に係る契約を締結したときは、遅滞なく、次の各号に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面を交付しなければならない]の規定に反したとき」、同項四号は「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律の規定に違反し、又は貸付けの契約の締結若しくは当該契約に基づく債権の取立てに当たり、……刑法若しくは暴力行為等処罰に関する法律の罪を犯したとき」と定めている。

ところで、ニシキの行為は会社全体として組織的に行った詐欺行為に該当し、顧客に無断で手形を再割引し、担保に供する行為についての一七条書面を交付していなかったのであり、近畿財務局は四月七日以来前後五回にわたるニシキに対する事情聴取において、これらの事実関係と粉飾決算で累積する赤字によりほとんど経営が破綻して、そのまま業務を継続させれば、さらに、被害者が増大することを認識していたのであるから、貸金業規制法三六条一項一、四号に該当するものとして、ニシキに対し業務停止処分を行うべきであった。

なお、同項四号の「刑法の罪を犯したとき」とは、ニシキのような法人をも主体として包含するものであって、決して、個人の貸金業者だけを対象としたものではない。けだし、右規定は法人を処罰する規定ではないから、刑法に法人処罰規定がないことや行政法規上も法人を処罰する際には両罰規定が置かれていることは根拠とならない。むしろ、同号の要件は、法の趣旨目的により合目的的に解釈すべきであり、本号のそもそもの趣旨が、貸金業者の違法・不当行為を抑制し、行政庁の監督権を実行あらしめるというにあることを考えると、貸金業者がいったん法人化すれば、その代表役員が自らあるいは従業員を使って、当該法人の業務に関して右のような犯罪行為を組織的に行っても、法人ゆえに業務停止処分ができないというのは背理である。そして、これを積極に解した場合、法人の行為と役員や従業員の行為の区別があいまいになるとか、罪を犯したという場合は処罰を前提としているとの議論も根拠とならない。なぜなら、前者の場合はなにも法人ばかりではなく個人の貸金業者についても使用人との関係で問題となることであるし、後者についてみれば、登録拒否に係る同法六条一項四号が、一定の罪により「禁錮、罰金刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は刑の執行を受けることがなくなった……」と有罪判決を受けたことを明文で規定していることを対比すれば、三六条一項四号の犯罪を犯したときとは有罪判決は不要で、行政庁の認定で足りるからである。

(2) 報告徴収(同法四二条一項)、立入検査(同条二項)に基づく改善命令

貸金業規制法三六条一項三号は「この法律の規定に基づく大蔵大臣又は都道府県知事の処分に違反したとき」に業務停止処分をなし得ることを規定しているが、ここにいう処分が同法による業務停止処分や登録取消処分を指すものでないことは規定上明らかであり、右は四二条一、二項の報告徴収、立入検査の結果、貸金業者の業務の適性を図る行政指導、行政指導の一種としての改善命令を指すものというべきである。しかして、近畿財務局は、四月二六日にはニシキの泉社長に対し「予約手形制度を廃止し、すでに金融機関で割り引いたりした手形は早急に取り戻すよう」指導しながら、同年五月初めには、ニシキが右行政指導に従っていない事実を認識していたのであるから、前同様に直ちに業務停止処分をすべきであった。

(3) 金融機関に対する警告

仮に被告に、ニシキに対する以上のような監督、規制権限を及ぼすことができないとしても、ニシキが詐取した予約手形を金融機関で割引して資金を調達し、かつ、これら手形は実質関係を欠いたもので商業手形ではないから、事情を知らない一般金融機関がこのような手形を割引取得することは、すなわち、金融機関としての経営の安全性、収益性に影響するのであり、金融機関としてのこれら安全性等を守るためにも、近畿財務局は不健全、かつ不良融資を阻止するために、銀行法等を根拠に金融機関に対する行政指導の一環として、ニシキから持込まれる割引手形の不正常性の調査を警告し促す義務があり、この権限を行使していれば、ニシキが詐取した手形を割り引くことができず、本件のような事後における被害を未然に防止することができたのに、これをしなかった。

(4) ニシキに対する行政指導

被告は、ニシキに対し、単なる口頭での指導ではなく、実際に予約手形を中止したかどうか、資料提出を求めて事実確認をした上で、より強力な行政指導をするべきであるのにこれをしなかった。

(三) 被告の右規制権限不行使という不作為によって原告らに生じた損害は、以下のとおりである(但し、請求はそれぞれ、内金二〇〇万円)。

(1) 原告岩崎 合計一三二六万円

別紙手形一覧表額面相当合計額

一二〇六万円

弁護士費用 一二〇万円

(2) 原告山本 合計金八五八万円

別紙手形一覧表額面相当合計額

七八〇万円

弁護士費用 七八万円

(3) 原告大塚 合計金七七〇万円

別紙手形一覧表額面相当合計額

七〇〇万円

弁護士費用 七〇万円

2  被告の主張

(一) 近畿財務局は、前記苦情申立てを受けて以来、直ちにニシキの役員などから事情聴取を開始し、当初は事実を隠蔽しようとしたが厳しく追及した結果、ニシキが、顧客から融資額以上の予約手形を預かり、それを担保として借入を行ったり、割引に回したりしていること、手形を預かる際顧客に対して予約手形で資金調達することを説明していないこと及びこのようにして預かった手形が三月末現在、顧客数にして二〇四三件、枚数にして一万三二二〇枚、額面総額にして二四二億円以上に上り、そのうち約二〇〇枚を除いて割引等に持出されているとの説明を受けた。そこで、近畿財務局は、ニシキに対し、四月一九日、二六日など、何度も予約手形の預かりを中止するように指示した上、預かり手形の解消計画の提出を求めるとともに、さらに正確な実態を把握するために決算書類や経営合理化計画の提出を求める等の指導を行い、ニシキの適正な運営の確保と顧客の利益の保護をはかったもので、かかる指導は、六月一日に検察庁に通報した後もニシキが事実上倒産した八月二日まで継続的に行われた。

そして、ニシキから五月九日提示された、予約手形持出残高約二三三億円強に対し、資産売却等で一一一億円、本・支店保有手形で六二億円、手持現金・預金で二七億円及び金融機関からの新規資金調達を原資として解消する計画は、無断換金を行った手形が各々の手形の決済期日に差があるため、ある時点で全て決済期日がくるものではなく全ての手形を一挙に解消しなければならないものではないことなどを考慮すれば、全く現実性がないとして断じることもできなかった。そして、近畿財務局は右計画をさらに実効性ある計画とするように指導し、ニシキもこれを約していた。

(二) 国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項における違法性は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することであって、右職務上の法的義務とは単なる内部的な職務規律上の義務では足りず、行為規範としての国民に対して負う職務上の義務でなければならない。そして、不作為が違法と評価されるには、作為義務が権限不行使の時点において存することが必要であり、行政庁に当該行為についての権限があることが前提である。

(1) 業務停止命令について、貸金業規制法三六条一項四号は「刑法の罪を犯したとき」と規定しており、法人の行為は詐欺罪等の刑法上の罪に該当するとはいえないことから、同条は法人であるニシキには適用できない。この点、自然人である貸金業者に対する規制等がそのままでは法人である貸金業者に当てはまらない場合には、別途法人の役員等に対する規制等を設けている(同法六条一項柱書、一号ないし五号及び七号、三七条一項一号、三八条)趣旨からも明らかである。

また、同条一項一号が準用する一七条における交付書面において記載を要する事項は、同条一項に列挙されており、そこに預かり手形を将来換金する予定であることとの事項は含まれておらず、同項違反と言うことはできない。

よって、そもそも業務停止命令権限を行使できたということはできない。

(2) 報告徴収権限は、貸付残高等の報告であって業者の具体的営業行為につき把握する項目はないし、また、貸金業規制法の行為規制の順守状況を把握確認する目的で資料を集める権限であってニシキは同法の規定に抵触するものではなかったのであり、手形の無断換金の事実は把握できない。また、立入検査権限は、犯罪調査のために認められたものと解してはならないのであり(同条四項)、犯罪にあたる疑いのあったニシキの行為に関して行使することもできなかった。

(3) 金融機関に対する行政指導は、これにより原告らの被害を防ぐことができるとしても反射的利益にすぎず(銀行法一条)、これをなすことが法的義務になる余地はない。仮に法的義務となる場合があるとしても、ニシキの行為に対する司法当局の判断が下されていない不確定な情報に基いてこれをなすことは、ニシキの社会的信用に疑念を抱かせる重大な影響があり公務員の守秘義務に抵触する恐れもあることから、明確な法的根拠が必要なところ、かかる法的根拠もない。また、これをなすとニシキを直ちに倒産に至らしめることとなりニシキの利益を著しく害するのみならず、既に手形を預けている多数の顧客の被害が現実化するのであって、具体的状況下においてこれを行使すべきでもない。

(4) ニシキに対する行政指導も、前記のとおり、被告は、予約手形の換金を中止し、すでに割引等に回した手形については是正措置を講じるように指導しており、ニシキも資料の提出や予約手形の解消方法についての説明を継続中であった。

第三  争点に対する判断

一  甲第九、第一一の一、二、第一二の一ないし一〇、第一三の一、二、第一四の一ないし三、第一六の一ないし六、第一七の一、二、第一八、第一九、第二〇の一、二、第二一の一ないし四、第二二、第二三、第二四の一ないし六、第二五の一ないし三、第二六の一ないし三、第二七、第二八、第二九の一ないし三、第三〇ないし三三、第三六、第三七ないし三九、乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  ニシキは、前記のような予約手形のシステムを、東北地方の営業所で行われていたジャンプ用の手形の取得コストを削減するためになされていた手形の先預かりの制度を前身として、平成三年一〇月ころの資金繰りの悪化に伴い開始するようになった。そして、予約手形は会計処理上は前受金勘定に計上されていたが、前受金勘定は平成三年度末約五億一四〇〇万円、平成四年度末約八四億二五〇〇円、平成五年度末約一四三億二七〇〇万円、平成六年度末約二三七億九一〇〇万円、平成七年度八月一六日で約二五六億七三〇〇万円と上昇の一途をたどっていた。

2  ニシキの顧客である大久保雅量は、平成七年三月三〇日、近畿財務局に対し、ニシキが手形貸付に際し貸付満期時に改めて延長すると確約して数枚の数カ月先日付の手形を同時に預かり、預かった手形を予定された貸付実行前に割引に供している旨の苦情申立てをしたことから、近畿財務局は、ニシキの秋田専務取締役及び田中元取締役に対し、顧客の一人から苦情申立てを受けたことを伝え、社内調査を促した上、報告徴収を行うことにした。

3  近畿財務局金融三課(登録貸金業者の監督部署)の内山上席調査官及び橋本調査官は、ニシキの秋田専務及び田中元取締役(なお、田中は平成二年七月に近畿財務局課長を退職してニシキの取締役に就任し、ニシキの予約手形等に疑問を持ち泉社長に改善を申し入れたが一向に達成されないので平成六年八月右取締役を辞任したが、平成七年六月まで勤務していた者である。)に対し、四月七日、第一回目の事情聴取をなし、右苦情申立の内容の真偽、取引の経緯等の説明を求め、同時に手形を貸付実行日前に顧客から預かることは好ましいことではなく、少なくとも預かった手形を貸付実行日まで手元で保管するべきであると指摘し、右同様の取引をしている取引先の有無、数、大久保から預かった手形の保管状況等を書面で報告するように求めた。しかし、この段階では、ニシキの社内で事実を否定すべく協議していたため、秋田らは先日付手形を預かっていることは認めたが、それを金融機関において割り引いていることは否定し、むしろ、それが顧客の便宜を図ったものであるとの弁解に終始した。

4  同月中ころ、大久保の近畿財務局に対する苦情申立ては取り下げられたが、近畿財務局は、事が重大なだけに、同月一七日、右のような業務形態に焦点を当てて、第二回目の事情聴取をし、ニシキの秋田らは、大久保の手形を金融機関で割り引いたことは認めたものの、その他の手形を金融機関に持ち込んでいることは否定した。近畿財務局は、大久保に返還された手形に裏書がされている理由、手形を預かってから割引に持ち出すまでの仕事の流れ、手形のジャンプの約束をするのに手形を預かる理由等を質問し、調査した上で書面で報告するように指示し、資料を一九日までに提出するように求めた。

5  ニシキは、取引の実情が発覚しないようにあらかじめ内部で対策を講じ、同月一八日、財務局に資料を提出したが、先日付の手形を金融機関に持ち込んでいる事実が露見しないよう別の資料を提出したため、財務局からは求めた事実関係に関するものではないとして受取りを拒絶された。

6  このため、ニシキは、同月一九日、泉社長と幹部役員が打ち合わせの上、事実関係を全面的に明らかにすることとし、ニシキの田中が近畿財務局に赴き、ニシキの倒産による顧客や取引金融機関の損害を避けようとの思いから、泉社長が直接全貌を明らかにするので、行政から司法への通報を回避して欲しい旨申し出て、顧客から預かった先日付手形を顧客に無断で割引等に回す行為を恒常的に行っていることを事実上認めた。これに対し、近畿財務局は、これまで事実と異なる説明をしてきた理由を質し、今後取り戻すことの出来る手形を取り戻すように求めると共に、同月二六日までに、資金化した手形の数量や、決算の内容を明らかにするように求めた。

7  近畿財務局は、同月二六日、ニシキの泉社長と田中に対して、近畿財務局内でなされた三度目の事情聴取において、初めて泉社長から事実関係を全面的に認める供述を得、手形を預かる以外に資金調達の手段がなかったか、預かった手形は担保にしているのか、担保と割引の割合はどうか、平均6.5枚で一二〇〇万円を預かっているとのことだが単価が高い、大口はあるのか、預かった手形の会計処理は前受金で処理しているのか、貸付金の残高と実際の貸付残との差額は何になるのか、未収金が多額なのは何故か、土地や建物は担保になっているか、平成三年以降の決算の数字を粉飾しているか、預かり手形解消の計画はあるのか、今後二年間も預かり手形を続けるのか、すぐやめられないのか、金融取引のその他の内訳はどうなっているのか、個人等からの借入量はどのくらいか、大阪信用組合との取引の経緯はどうか、平成三年一〇月から営業マンに予約手形の指示をしたのか、全員に対してか、顧客に対してどのような話法で営業しているのか、顧客に預かり手形で資金調達することを言っているのか、社内で予約手形による資金調達を知っているのはどのレベルか、現時点でこのような方法以外に資金調達することはできないのか、実質累積赤字はどれくらいか、再建計画は実効性があるものなのか、何故もっと早く改善に着手しなかったのか等あらゆる角度からの質問を行った。

そうして、近畿財務局は、この時点で、ニシキが融資額以上の先日付手形を預かりそれを担保として借入を行い、あるいは、割引に回したりして資金化していること、これが顧客に無断であること、その数量も枚数にして一万三二二〇枚、総額二四二億円以上で、内約二〇〇枚を除いて全てを資金化していること、決算も粉飾し実際は約八〇億円の累積赤字があることを認識した。

このため、予約手形の実現可能な解消計画をさらに立て、過去の予約手形の具体的な数値、公表されている決算と実際の数字の対比、雇用関係改善の実績及び計画、顧問弁護士、会計士らの連絡先等を示すように資料提出を求めた。

8  近畿財務局の中村、内山、橋本は、五月九日、近畿財務局内での第四回目の報告徴収において、ニシキの泉社長と田中から、予約手形の解消計画について、資産リストの提出と共にその売却に着手するとの説明を受け、また、予約手形の年度別推移表を資料として受け取って説明を受けた。近畿財務局は、これを受けて、泉社長が知人から借りたとする融資手形の金額を金融機関ごとに明示し、予約手形の年度別推移表の取立依頼分等の空欄部分を埋めるように指示し、再度正確な数額を明らかにするように資料の提出を求めた。

9  近畿財務局は、五月一五日、社員からの預り金制度について追加資料の提出を求め、さらに、翌一六日にも五回目の事情聴取を行い、このころには、詐欺行為ともいうべき前記一連の行為につき、一時は貸金業規制法三六条一項四号に基づく業務停止処分を検討したが、いずれにせよ、同号の「刑法の罪を犯したとき」には法人を含まないとするのが本省の有権的解釈であったため、それ以上の検討をせず、行政指導による問題解決を試みることになった。

10  近畿財務局は、六月一日、検察庁にニシキの行為を通報すると共に、中村課長は、六月五日、ニシキの泉社長、秋田専務、田中らに対し、大蔵省が、ニシキの顧客から預かった手形を担保あるいは再割引していること、赤字であるのに黒字と公表し金融機関から資金調達していること、融通手形で資金調達していること、社員からの預り金が出資法違反の疑いがあると認識していることを伝えた。そうして、近畿財務局は、これらが顧客及び資金調達先を欺く行為であり、重大な犯罪行為である疑いがあるので見過ごすことはできないと告知し、顧客や資金調達先に迷惑がかからないように早急に是正するように指導した。

二  右認定事実、なかんずく、破産宣告当時の負債六三八億円のうち前受金が約二五六億円であった事実によれば、ニシキが日常業務形態の一環として採用していた顧客よりする予約手形なるものの取得は、原始的な業務動機は別論として、遅くとも平成三年一〇月以降は主として自己の資金繰りに利用するため、一般顧客に対して真意を隠蔽して貸付の裏付けのない手形を騙取し、顧客に無断でこれを換金処分して一般の営業資金に費消するという、見通しの立たない自転車操業的経営の彌縫策であったことは明白である。そして、手形債務にあっては人的抗弁が切断され、それが極めて重要な決済手形として確固たる流動を保証されているため、手形債務者に不測の損害を与えかねないことからすれば、ニシキのような社会的に認知された相応の企業規模を有する金融会社が、会社一丸となった組織的、経営戦略的業務形態として右のような行為を行ってきたことは、それが経営の逼迫を糊塗・隠蔽する行為だけに、他の登録貸金業者にあっては通常みられない社会的規模の憂事であり、しかも、登録貸金業者に対する業務停止処分を初めとする種々の規制権限を有する近畿財務局長も、遅くとも、原告らが被害を被る五月二六日までには、右のような経営実態は少なくとも経営者らの直接の言として把握・認識していたものであるとみるのが自然であるから、なぜに、右のような営業の継続に対し業務停止処分、あるいは強力な行政指導を行わなかったかとの原告らの主張は決して故なしとしない。

しかし、当裁判所は、原告らが強調するところを十分に検討しても、結局、本件にあたっては被告の責任を認めることは困難であると判断する。その理由は次のとおりである。

第一に、貸金業規制法三六条一項四号所定の「刑法の罪を犯したとき」の業務停止処分については、現行法規の解釈として、その対象として法人を含まないものと解さざるを得ず、この点を根拠に財務局長の処分権限をいう原告らの主張は採用できない。確かに、貸金業者の多くが法人としての体勢を整えている現下の情勢や事の実質にかんがみれば、原告らの主張するところもそれなりに頷けないでもないが、例えば、貸金業者の登録拒否事由を定めた同法六条一項にあっては、自然人の申請者に対する拒否事由である裁判により有罪の確定した者(四、五号)と並んで、申請者が法人であって、その役員又は政令で定める使用人に右の事由がある場合は、別途、同項七号において、これを法人の申請者に対する登録拒否事由と定め、登録の取消事由を定めた三七条一項一号においても同様であるのに、三六条一項の場合はこのような規定は置かれていないし、さらに、右のように裁判手続で有罪の確定した者を要件で規定する場合と異なり、「刑法の罪を犯したとき」との規定の仕方は犯罪の主体を一義的に確定することを困難としているのであるから、このような規定構造をみるならば、右に法人を含めることは困難というほかない。なお、原告らは、ニシキが原告らに同法一七条所定書面を交付しなかったとも主張するが、原告らの主張するところを内容とする書面は一七条一項各号所定の事由に該当しないから、この点を根拠に業務停止処分を云々する主張は採用の限りではない。

第二に、原告らは、ニシキが報告徴収等に基く財務局長の行政指導に従わなかったことが貸金業規制法三六条一項三号所定の「この法律に基づく大蔵大臣……の処分に違反したとき」に該当するとも主張するが、同号に規定する「処分」の文言は文字どおり行政処分を指すもので、行政指導を含まないものと解するのが相当である。けだし、行政指導は勧告、指導、助言等であって、単に相手方の一定の行為を期待するにすぎない非権力的行為として法的拘束力をもたないものであるから、その不遵守を理由として業務停止処分という強力な行政処分を発することは理論上も考えられないのであり、右主張も採用できない。

第三に、原告らは、財務局長がニシキの予約手形の割引先金融機関に対し、銀行法等に基づく行政指導が正当になされることが、原告らに対する法的義務であると主張するが、本件当時施行されていた銀行法一条は、その目的として「銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資すること」とし、同法五九条において「大蔵大臣は、政令で定めるところにより、この法律による権限の一部を財務局長……に行わせることができる。」と規定している。そして、銀行法の右規定からすれば、同法の保護する法益は、直接的には、国民経済の円滑な運営に重要な役割を有する銀行の健全かつ適切な運営の確保、第二次的には預金者の保護であって、原告らのような銀行の取引先の債務者を直接保護する法律とは解されないし、前記認定の当時の状況下では、財務局長がニシキの手形割引先までにそのような行政指導をなすべき根拠は見いだし難いから、この点の主張も採用できない。

問題は、仮に近畿財務局長がニシキに対する一連の行政処分権限を有しなかったとしても、前記事情の下で専門的監督機関として適切な行政指導を行なうべき義務が肯認されるか否かにある。

思うに、行政指導は、先に述べたとおり、相手方に法律上の強制権限を行使するものではなく任意の履行を期待して一定の行政目的を達成しようとするものであるから、行政指導を行うか否かは行政の任意の判断に委ねられ、それを行わなかったことが個々の国民に対する関係で職務上の義務違反となることは通常考え難いが、貸金業規制法は貸金業者の「業務の適正な運営を確保し、もって資金の需要者等の利益の保護を図ること」とされ(一条)、大蔵大臣(財務局長)は、右目的を達成するため、同法に基く種々の規制権限を委ねられているのであるから、本件のような重大なニシキの営業を認知した場合、近畿財務局長が、所掌する行政目的を達成するため一定の行政指導を行わないことが違法と評価されうる場合も考えられないでもない。

そこで、原告らは、近畿財務局がニシキに予約手形の預かりを中止するように行政指導した後も、現実にはニシキがこれを停止せずに被害が拡大したのであるから、近畿財務局としては、ニシキが真に予約手形をの預かりを中止したか否かを監視し、右行政指導の実効性を確保すべきであったと主張する。確かに、前記認定事実のとおり、五月末現在と六月末現在における預かり手形、持出し手形の額面、数量を比較すれば、この点に関する限りにおいて、ニシキが近畿財務局の行政指導を十分に受け容れていなかったことは指摘のとおりである。しかし、行政指導は相手方の任意の履行を期待して行うものであり、本件においては、ニシキも指導に従う旨を明確にしていたのであるから、その履行状況の監視までが行政指導の一環として当然要求されるなどとは容易に考え難い。本件では、元来、一般顧客としても、貸金業者に不要不急の手形を預けることの不合理性や危険性は、冷静に考えれば自主的に判断できる事柄であり、むしろ、当時の最大の問題は、すでに二〇〇〇名を超える零細な顧客が危険にさらされていたことであるから、近畿財務局において、そのような預かり済みの予約手形の解消に向けた指導を重点的に行っていたことは誠に無理からぬ点があり、右のような指導にとどまったことが原告らに対する義務に違反する違法行為を構成するとは到底いえず、この点に関する原告らの主張も採用できない。

三  よって、以上の通り、被告には、何らの作為義務違反がなく、原告らの請求はいずれも失当であるからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉安一 裁判官今井攻 裁判官武田正)

別紙〈省略〉

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